人間は……
　今日の日経に仏教大学の大胆な全面広告が掲載されていた。 

        人間は、
        いつか
        死ぬ。
　いいコピーだと思った。粛然として襟を正さねばならない気分になる。なんといっても、時宜にかなっている。きっといい大学に違いない。この宣伝、あまたある健康雑誌、いや実は不健康雑誌 (笑) にも載せるべきだ。

　ぼくは太宰治の『トカトントン』という短編を連想した。ただし、このコピーにはトカトントンのような虚無の響きはない。 
「野菜ジュースを飲めば百病たちどころに全快」
　トカトントン
「人間は、いつか死ぬ」

「足の指を揉んで寿命が延びた」
　トカトントン
「人間は、いつか死ぬ」

「先祖を粗末にすると夫が浮気する」
　トカトントン
「人間は、いつか死ぬ」
　たちまち迷妄より醒めて、はっと正気に返るであろう。崖っぷちで足を踏み外せばニュートンの法則によって必ずや転落するように、なにをどうしようとも人間はいつか死ぬ。だからといって別に空しい気分になるわけではない。むしろ、ズバリ真理を一喝されて、すがすがしさを感じたのは爺の年のせいだろうか。

　神仏に見放されたバチあたりの爺だが、なぜかこの痛快な広告にはおのずと頭が下がり、「へへ〜」とばかりひれ伏してしまったのである。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(1994年5月)
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