どこの家にも、古い写真が少なくとも何枚かは残っていると思う。しかし写っているのが誰なのか、どういう人物なのかということは、記録でも残っていないかぎり、時とともに押入れの中で邪馬台国同様の謎と化してしまうだろう。

　わが家にも明治時代に撮ったと裏書きのある写真や、年代は不明だが同時期に撮ったと思われる写真が数枚残っている。

　いつ誰を撮ったと明記しているものもあれば、人物名だけを記したものもある。だが名前は知れても、自分とどういう関係にある人物なのかはわからないから、もどかしい思いがするものだ。

　ここにお目にかける一枚は、たぶん明治30年代末のもの。裏に名前が残っている。ぼくの一族、たぶん父にかなり近い親戚だろうと思うが、どこでどういう人生を送ったものか、今となっては知るよしもない。

　……いや、そういう個人的な感傷はどうでもいい。今回は百年前の写真家たちの矜持について考えたかったのである。まずは当時の写真をごらんいただきたい。

　下の写真のように、黒（ときには白）の縁取りに写真館の名前などを印刷したものは、当時一般的だったらしい。いくつかの写真館で撮影したものをみると、いずれも同サイズ（12 cm×8 cm)で、同じようなデザインである。

　この写真だけは裏に「写真士」の住所・氏名・電話番号が印刷されていた。ネットを検索すると、「全国写真師一覧表」に、田中武氏は「明治十三年に東京芝神明町で写真業を開業した。明治中期、東京下の高名写真師であった」と記載されている。

　ぼくが注目したのは「Photographer 写真士」という表現である。写真館の主がフォトグラファなのはあたりまえといえばあたりまえだし、一眼レフをぶらさげてパチリというスタイルではないから、カメラマンというのもたしかにしっくりこない。

　しかし自分はフォトグラファである、と宣言するところがいいのだ。自信と誇りに満ちあふれている。田中さんの場合は、写真師でなく「写真士」と名乗るところもおもしろい。

　そして写真師または写真士たちの制作した写真は、芸術（美術）作品だったのである。その証拠として、写真の黒縁に印刷されたデザインをいくつかご紹介したい。